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復帰後に昇格までした私が、あっさり退職を決意した理由

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こんにちは、ナンシーです。

三男(2歳)の最近の口癖は、

「ママ、おかいもん(お買い物)ありがと」です。

(ちなみに私は買い物には行っていない。)

子どもってなんて可愛いのでしょう・・・たったこれだけのセリフで人を幸せにできるなんて…子どもの幸せパワーはものすごい威力です!!

3人目の復職…昇格まで手にした私があっさり退社を決意した理由

さて、今でこそそんな小さな幸せにも気づくことができるようになった私ですが、少し前までは毎日がストレスだらけの日々で、最終的には鬱になりかけました。今回は、そんなストレス漬け・鬱になりかけた私が、復帰後に昇格までした会社を辞めた理由と経緯を書きます。

何かのきっかけになれば…嬉しいです。

退社を決意した理由その1:組織という名の鎖

私が勤めていた会社は社員50人程度の小さな企業でしたが、業績が好調だったのもあり、IPO(いわゆる上場)を目指すことになり、これが会社がおかしくなるそもそもの原因でした。上場を目指す為には、業務をきちんと行なっていくための体制(組織)作りをしていかなければならず、内部統制が始まりました。

もとはといえば、20人程度の社員でビジネスをしていた会社だったのですが、組織作りが始まると、どんどん人の採用が始まり、あっという間に50人程に増えました。何もわからない人たちが一気に増えていくわけですから、教育や引き継ぎなども日常の業務に加えてどんどん増えていきます。

ただでさえ人手が足りなかった現場なのに、新しい人が増えていくことで「わからない人が増える・教える人は少ない」という状況になり徐々に収集がつかなくなりました。もともと少人数の会社で仕事のやり方も適当な状態だったので、あっという間にぐちゃぐちゃになりました。

仕事に関しても、以前ならすぐに解決できていたような小さなことでも、「組織化」により余計な承認などが増え、解決や意思決定が滞るようになりました。その原因の一つが「稟議書」でした。何でもかんでも「稟議書」を作らなければならず、書類作りに明け暮れる日もありました。そんな状況での「昇格」が、鬱状態への拍車をかけました。

鬱状態になった原因…壮絶なパワハラと管理職という責任

もともと4人だった開発チームが一気に8人に増え、それを取りまとめていたのがグループ長である私でした。ただでさえデザイン職は残業が多く、8人いるスタッフの中には、入社してたった2ヵ月で8kgも痩せた人もいました。それほどの激務を皆がこなしている中、私は時短で働いていたため、17時には退社しなければいけませんでした。それでも、困った時はお互い様という精神のもとチームみんなで力を合わせて乗り越える…そういう思いやりの気持ちをチーム作りの基本としていました。

長い時間と実績を共有しながら信頼を築いてきた開発チームでしたが、内部統制が始まったことで色々な不具合が起こり始めました。突如会社から「残業禁止」が言い渡され、タイムカードがチェックされるようになり、連日業務で残業が続いていた開発メンバーは目の敵にされるようになりました。そんな開発チームをまとめていた私は、上からたびたび呼び出され「なんとかしろ」という怒号を浴びせられました。

「残業禁止なんて、いい会社じゃない」と、思う方もいるかもしれませんが、残業を禁止されても終わらないものは終わりません。会社は上場を目指しているのだから、当然売上を上げないといけません。売上を上げるためには、開発する商品を増やさないといけません。「開発商品が増える→開発メンバーの業務量も増える」わけで、仕事量を減らしようがないのです。それなのに、現場を知らない経営陣はやみくもに「残業禁止」を強制するわけです。挙句の果てに、最終的には所属長である私のペナルティにするとまで言われました。

そんな上からの圧力があっても、私は開発チームのメンバーを守ることで必死でした。「みんなを守りたい」という責任感と、「上と戦うのは私しかいない」という正義感から色々なことを調整する日々でした。子育てとマネジメントってとても似ているところがあって、強制すればうまくいくなんて単純なものではないんです。きちんと向き合いながら、仕事を分配し、確実に進行して結果を出していく。そしてその信頼関係をベースに、メンバー全員で協力し合うチーム(全体)を作っていく、それが私のマネージメントに対する考え方でした。

もしかして・・・私、鬱かも・・・??

その頃の私は、夜も仕事のことばかり考えて眠れない日が続いていました。夜中の3時くらいにようやく寝付けたかと思うと、朝起きて泣いたり、電車に乗っただけでも涙が出てきたり…あきらかに情緒不安定になりました。社内の特定の人(経営陣や営業など)を見ると動悸がしたり、話を聞く時に無表情になったり、些細なことをきっかけに息が吸えなくなるほど鳴咽してしまったり。

今までは何でもテキパキとこなし上司からの信頼も厚かった私が、会社へ行っても何もする気が起きず、何かしようとするだけでぶわっと涙が溢れてくるようになり、メールを読むことすら大きな心の負担となりました。

この頃から、自分でもあきらかに「おかしい」と感じ始めました。

退社を決意した理由その2:母というプライド

私を救ってくれた子どもたちの笑顔

「もしかして、私、鬱かも・・・」と思った時に、一番最初に頭に浮かんできたのは3人の子どもたちでした。子どもたちの笑顔を何度も思い出した時に、「絶対に倒れたらいけない」という強い思いがお腹の底から湧いてきたんです。

その思いが、私を救ってくれました。

毎日泣いてばかりいる私をみては、「ママ、大丈夫?」「また会社で嫌なことあったの?」と一生懸命に聞いてくる長男や二男、私のそばにきては何故かタオルをかけてくれる三男…。この子たちの存在にどれだけ救われたか。

長男は卒園シーズン・もうすぐ小学校という大事な時期だったし、二男も三男もまだまだ手がかかります。「私がいなくなったら絶対ダメだ」という、その強い思いだけが、私の意識をまっすぐに保ってくれました。このセリフを、何度も何度も自分に言い聞かせました。

退社を決意した理由その3:家族の絆

「会社を辞めようと思う」

そう、夫に伝えたのは、自分に異変を感じた週末(休日)でした。それまでも夫は、朝から泣いてる私を何度も見ていたし、「辞めていい」といつも言ってくれていたので、私の決断にはすぐに納得してくれました。

辞める」という決断を夫に言えた時、まるで憑き物(つきもの)が落ちたようにふっと心が軽くなったのを今でも覚えています。

休み明け、私はすぐに「退職の意思」を会社に伝えました。

会社を辞めて思うこと

私が退職を伝えたのは2月、実際に辞めたのは10月でした。結局、慰留(いりゅう)が長引いたこともあり、退職には時間がかかりましたが、それでも「辞めることが確定している」だけでどれだけ心が軽くなったか。辛いのは、「希望も持てず、終わりも見えないこと」なんです。それが「雇用」とうい働き方の場合は一番しんどいですね。少しでも希望があったり(嫌な上司が変わるとか)、終わりが見えてる(契約で働いているとか)なら頑張れるかもしれませんが、そのどちらもないのであれば、ただただ暗闇をさまようようなものです。そこに幸せはないなと、思います。

よく「新しいものは、古いものを捨てないと入ってこない」と言いますが、本当にその通りだと思います。私は、自分が長年勤めた会社を辞めたことで、色々なものが手に入りました。それは新しい人間関係だったり、新しいスキルだったり、そして何よりも時間という最も有益なものを手に入れることができました。今は自宅で仕事をしながら、家のことや自分のやりたかった勉強をしたり、子どもたちとゆったりした時間を過ごしたりしています。

モノも仕事も、長く持てば持つほど人の心は執着します。いわゆる「情」や「愛着」のように思えても、それは全て自分の中にある執着が形を変えたものだと思います。その執着(実績や評価や地位やお金)は果たして自分を幸せにしてくれるものなのか?

私の場合は、会社からの評価や昇格が会社に対する執着をより強くしていたと思います。しかし、鬱になりかけたことをきっかけに、子ども達の笑顔が自分を救い、今までの執着から解放してくれました。本当に私が求めているもの、私を心の底から幸せにしてくれるものは他にあるのだ、と気づかせてくれたんです。

今、働きながら辞めることができずに苦しんでいる方がいたら、一度、自分が執着しているものが何かを考えてみてください。そうやって自分の気持ちに気づくだけでも、もしかすると、見えない風景が見えてくるかもしれません。

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会社に属すのを辞めたら、ストレスフリーで仕事がはかどる!

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